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ホントとウソ

泣くって素敵な事です
枯れる程泣くとそれだけで何となくすっきりする
・・・と思い出したのが自分の過去のエントリ。
酒と心
そうそう、泣いちゃえばいろんな事が回避できるものよ。
そうやって自分の書いたエントリを思い出して
読み返せるのってなんだか得した気分
もしかしたらそれが他の方も同じだったら
何かやりがいが湧き出てくる
ゆっくり、のんびりとこれからもやっていきたいなっ。
(私の場合突っ走ると痛みに鈍感になり、
 気がついたらまた入院とかなっていそうで。
 ・・・それ、もういや。ステロイドたくさん、もういや。
あ、大量のステロイド治療されている方、もう少しの辛抱です。。。)

そんな訳でまた自分の前回のエントリとか読んでみて
ホントとかウソとかなんぞやみたいな、改めて考えてみたりして、
ファンタジーが大好きなのでウソ上等!なんですが
それがホントかウソか判断するのは自分、みたいになったらどうしよう。

これは本当の話?
と聞きたくなるような美しい話ってたくさんあると思います。
それが本当であれば何と希望に満ちた世界なのだろう
と、明日への期待に胸を膨らませます
でも実際一歩外に出るとそんな美しい話そう簡単にある訳ではなく
どうしても色あせて見えそうになる程落ち込んでいる時は
躍起になって人を染めてみたり、見方を変えれば哀れみも感動とか
エゴイスティックな思い込みに終始させようとしているのに気がつきます。
先日もたまたまテレビ
過去のタレントグループが今どんな生活をしているかを追う
「ドキュメンタリー」番組を見ましたが
いかに過去の栄光と現在がかけ離れているかを
これでもかと見せ付けられた気がしました。
彼らはずっとバブルを嘆いていた。私も時代の犠牲者だと思った。その時は。
でもそのメンバーの1人は実に現実的で地に足をつけた言葉を発していた。
それにまた心を打たれ複雑な思いに少しだけ光を見た。
・・・でも、本当に全て時代のせいで
   この1人のメンバーだけが特殊だったんだろうか。

時間が経ってよくよく考えると
あれは「番組」だった訳です。ドキュメンタリーという名の。誰かが作った。
(何か日本語学習中みたいな言葉の綴り・・・。まぁいいや。)
彼らが実在している云々よりも
そういうストーリーに対して様々な選択肢があったという説明をされた訳で
それを見て、どう思いますか?というひとつの問いかけだったんではないかと。
あの後、
これをきっかけに彼らにもっと仕事が来るといいなぁなんて思ってましたが
(まぁその感想も決して間違ってはいない)
関係者でもない私が、無責任にそう思うのは如何に他人事かという事で
それよりも自分がどう感じて、
この感じ方を明日にどう活かしていこうと思うのか。
それが重要なんだと気が付きました

真偽がどうでもよくなった時でした。
いかにホントらしくウソをつくか。ウソをどう受け止めるか。
そのウソは本当に自分にとってのウソなのか。
私の場合反射的に答えを出そうとしてしまいますが
じっくりと考えて、何度も思い返して、何とか言葉にしてみました。
(なのでそのドキュメンタリーを見てすぐに書いたエントリも封印して
 こんな具合で取り上げてみる事になりました。)

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↓おもしろ動画。私の運転中はこんな感じ。





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何となく切なくなった日

このところ気分転換といえばドライブ
といっても運転に自信がある訳ではないので
自宅から半径5km圏内くらいのところをくるくる回ってるだけですが
ラジオ聴いたり、音楽聴いたりしてると
便秘が治ったようにすっきりとしている時があります

先日も教習車が前にいてゆっくりと走っておりましたが
前が練習中だと後ろに対してあまり咎めないので
そういう時教習車と出会うとラッキーだと思います。
急いでいる時は全く逆の気持ちになってしまうんですけど・・・。
教習車といえば思い出すのが
免許を取るのに教習所に通い始めた時
確か2回目くらいで実習が始まったんですが
その時教官から、運転席側に乗って、と指示され
驚いて聞き返した事がありました。
「私が運転するんですか?」
「あなた何しに来たの?」
という会話。
今思い出しても笑ってしまいますが
あの時は本当に自分が運転する、という感覚がなくて
ハンドルを握って初めて
今自分が何をしようとしているのか自覚した、という事がありました。

何事も受身では他人事。
例えば授業も書いてあるのを写すだけ
ただ聞いていれば時間が流れるだけ
その時間に何をしているかはあまり関係なくて
みんなとそこに座っていればどことなく安心する。
その瞬間を体験している事に意味があるのに
それを見出せないままだから
後から知識的に学ぼうとしてもどうもそれと結びつかない。
記録して読み返す、まではいかなくとも
記録する、って行為自体もうかなり印象的な作業をしているので
残す事はいろいろと意味があるんではないかなぁと思います。
それも記録している、っていう自覚がないと
ただの落書きにしかなりませんが・・・。
それでも少し時が経てば
落書きしか書けなった頃の自分がかわいく思えるようになるかもしれない。

今日はそういった記録の意味を少しだけ考える機会となり
全くの個であり別々の人であるはずの
同じキーワードで繰り返される言葉の数の多さを呆然と眺めてました。

今夜の月はぴかぴかに輝いててきれいです
何となくかぐや姫を思い出してます。




閉塞感のリアル~風船の気持ち~

このところ周りではいろんな事があって
知らず知らずにため息ついてるのも多い
思い通りにいく良い事ばかりじゃない、というのも解ってはいるんですが
どうする事もできない無力感に苛まれているのは
私一人ではなく誰もが抱える願いだったりするのかなぁとも思います。
働いていた頃を思い出すと何かこうもどかしい正体不明の重たい気持ちを
いつでも一本背負いの姿勢で引きずりながら出勤していたような感覚
今よく言われている「閉塞感」という言葉そのものだったのかなぁ。
(その時はその言葉を知らなかったので)

でもその言葉ひと括りでこのご時世を表してしまうと
「閉塞感」の世の中だから仕方ない、と
それぞれが「孤独」の意識を高めてしまうだけで
何も進歩しない。本当に「閉塞」しているのか?
そこから始めてみる。
確かにみんな自分を守るのに必死だし
その為には「閉塞」してしまわざるを得ないのかもしれない。
でもこれをネガティブとするのではなく
・・・例えば片思いの気持ち
初めての恋は何でこんな気持ちになるんだろう、って解らなくって
どんどん自分を追い詰めるようになる。
どうしてあの子の事が気になるの?気にしたくないのに目で追ってしまう
この内に秘めた自分だけの高なる想い。わくわくドキドキ感。
それを友達とかに口に出した瞬間にいきなりリアルに変わる。
「じゃ、告白してみれば」とか。そんなんじゃないってのに
あの子がいるから明日も学校に行こう!とか
そういう気持ちになれるのって素敵だと思う。
絶対に誰かと分かち合わなきゃいけないっていう気持ちじゃない。
もしこの秘めた想いを言葉で表すのならこれも「閉塞」だと思う。

何かができるはずなのに何もできない、みんな一緒に閉塞している。
そう思っているといつまで経っても
よどんだ沼から誰一人として這い上がる事ができなくなってしまう
でももし高める為に皆閉塞しているのだとしたら
それぞれが今膨らみかけの風船なのだと思う
それを繋いでいるひもを、上の人、
例えば家族とか、上司とか、政治家とか、が握っているだけで
その手がぱっと離れた瞬間にみんな空に浮かび上がる準備はできている。
手を離してくれ、と頼む事自体は
その対象により手段はあるかもしれないけど
(それは検討・相談する余地がある場合もあるかもしれない。)
でもどうしても微力だと感じる場合はできる事を尽くして待つ
今は出来るだけ大きな大きな風船を用意しておく。
その為にはまず風船を見つけて息を吹き入れる作業を始めなきゃいけない。
地道な作業かもしれないけど想い続けていればきっと叶うと思う。
いつでも明日が楽しみでいられるように。。。毎日そんな気持ちです。
(他人と比べるのは逆効果ですー。



↓一途な気持ちだった頃って誰にでもあると思う
 この前見た映画の予告でちょっとドキっとした。初々しい。
 「君に届け」の三浦春馬くんはドラマ「14才の母」で知りました。
 (それよりもジャッキーのベスト・キッドの方が気になったけれども




↓少女漫画が原作だったのか!!私が反応するはずだ
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↓風船のように空気を入れて膨らませる地球儀

「THIS IS IT」を見てしまってちょっと熱くなってるようだ

昨日マイケル・ジャクソンの幻のコンサートの舞台裏映画
「THIS IS IT」を見てしまいまして
感想を音楽ブログに書きましたが
書き終わってから映画の事について書いてる事に気がつき
映画ブログの方に移しました。
(→育児しながら映画アンテナ←)
本当に愛が伝わる素敵なドキュメンタリー映画でした

彼に関して言えば言いたい事は本当に山ほどあるんですが
掴もうとすればする程霧の中に隠れてしまう。
ゴシップだらけで何が真実か解らなくなるんです。
逆を言うと真実なんてどうでもいいとも思うんです。
本人以外誰も解らないんだもの。その本人がもういない。
だから自分が感じるままに、それが真実だと信じるしかない。
その類稀なる幼少体験や、溢れ出る感性から
彼は偉大なる「愛」を伝えたかったのだと思う。
細かい事はどうでもいいからとにかく平和にいこーって。
いろんな事を自分の中で昇華させて「愛」の形に整えるまでには
それこそ様々な痛みを伴っていたはずなのに
その声を大にするではなく、とにかく穏やかな姿を見せていました。
映画の中では「怒ってないよ。感謝・・・」みたいなのを言ってたりしてて。
もっと怒っていいのにね。怒りたい時は。
(後期の音楽作品には表れていたようですが・・・)
でも大スターってちょっとした事がすぐゴシップのトップ記事になってしまう。
「だれそれ、横切ったありの行列の1匹を踏んでしまう」とか。
そのどうでもいい事実をまた変に揶揄したりして
もしありがなんとかだったら・・・とか
もっともらしい比喩表現とかもちだして
その原稿料で儲けようとする輩もきっと出てくる訳です。
またそれで大騒ぎしたがる(させられている事に気付かない)
人々も世の中にはきっといて
大きな家の一室でそれを傍観している孤独な大スターがいて。
無力さに苛まれて。どうしていいのか解らない。
いい人すぎたんだと思うなぁ。

ここで私の事を持ち出すのはいささか強引というか
申し訳ないくらいに大変おこがましいのを
百も一万も一億も承知で言うならば
私は「痛い」時は「痛い」という。
助けて、とまでは言えないかもしれないけど
「痛い」という事をやめる気はない。
周りの方にも痛い思いをさせてしまう事は十分承知しています。
だけど我慢してしまうとその痛みが伝わらない。解らない。
他人に伝わったところで他人ができる事なんてそんなにない事も解っている。
だけどもし何かを期待するとするならば
痛みの元を探すきっかけになる可能性を信じたい。
例えば、私は自分のいろんな環境や適正から
外に働きに出る選択肢を除きました。
でも世の中には外に働きに出る事で
他人には理解されない痛みを感じている場合もある。
それを我慢していたら状況は何も変わらず
都合のいいようにできる人の都合にいい環境が整っていくだけ。
誰の為の世の中なんだって。何の為に生まれてくるんだって。
(強欲を満たせずに痛いと泣いたら世も末ですが・・・)
無理しすぎて生き急ぐな、と自分に対しての戒めだったりします。

・・・いくつになっても反骨精神モリモリのキープロッキンな私ですが
これからもどうぞ末永くよろしくお願いします。
(と今日は熱くなってしまったのでお行儀よく締めてみた。)


↓手の指のツボを刺激する湯のみ。
 足ツボはよく見るけど、これもなんか痛そうで効果ありそう。


↓薬のCM。



↓マイケル・ジャクソンとジャネット兄妹の怒りの表現に感じる








振り返るその1-闘病記録から始まったので-

今朝は比較的良好です
頭痛がすっきりすると気持ちもすっきりしてきます。
こういう時に気分が悪い時を思い出すと
やっぱり気持ちの問題以上に何か体内システムが
直接的に脳内の何かに影響を与えているんだろうなぁと思います。
勉強すればその辺りのもうちょっと詳しいところ解るかもしれませんが
とりあえずそれはおいておいて・・・。

WEBで公開している以上、
言いたい事をちゃんと明確にしないといけないと思い始め
いろいろ考えました。
1)独り言日記(ブログ療法)
2)(自分を含めた)人の為になる情報提供
3)知恵(意思)の公開(自分にとってはいい知恵なので参考まで)

・・・等々こう箇条書きにしてまとめてみると
どれだけ自分が何も意識せず言いたい放題だったかよく解る。
自分にとってはただの独り言でも
(吐けばすっきり、ストレスフリーで病気が治る!っと)
それがまる得情報だ、と思う人もいれば
いい知恵を教えてもらった、と思う人もいる訳で
吸うなり吐くなり勝手にどうぞ、と屁をこくように
私は一人歩きしていたように思う。
いや、それでもいいんだけどね、
私の場合どうやら内容のストライクゾーンが広すぎて
いかようにも受け取り方がある範疇が思ってた以上に広かったみたい。
それだけ私のアンテナがいろんなものを拾い過ぎていたようだ。
何でもない頃は書く事(ネタ)がなくて挫折。
書き続けるきっかけとなったのが闘病記録。
それが私のアイデンティティーなのか
と自問自答し続けながらここまできました。
私が他の人のブログを引用して書く時は
最大限の尊敬の気持ちを込める。
逆だった場合
そう思われている事を受け入れる事ができなかったのだけど
素直に感謝する気持ちが足りなかった。
・・・あらゆる事が全くの無自覚でした

そんな訳で自分的には
ブログ療法を卒業してその次のステップに行こうかと思ってるので
「振り返るその2」では
なぜ働く事(以前の仕事に戻る)をこんなに躊躇うのか
について書こうと思います。
前まではそれに触れる事自体が
落ち込ませる原因だったので自分的タブーでしたが
そろそろちゃんと向き合えるかなぁと思えるようになってきました。
やっぱり最終的に目指すのは
精神的な面の克服を含めた社会復帰(←この言葉はあまり好きではないが)
だと思っているので
自分のそこを追求する事が
いろんな意味での摩擦を解消する一歩になるような気がしてます。

と、既にまたいろんな文章の構成が頭の中で。。。
(振り返るシリーズは一度やりましたが今回は超前向きです。)



Drei Magier すすめコブタくん(ミニ)


↓私の名盤セレクトからの1曲。フリー音源の音質が悪いのは仕方ない
 川村結花さんの「ヒマワリ」



Lush LifeLush Life
(1999/04/01)
川村結花

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メインページ作りました!
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これからもどうぞよろしくお願いします。
Julian Lennon&James Scott Cook/Lucy
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同時進行中!育児日記・ライフワークブログは
こちら→「そのうち、きっと。」

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